- 368: 以下、Zチャンネル@VIPがお送りします 2016/03/13(日) 11:22:58.71 ID:uGHuDPhd
- 「あなたは、誰の言うことも聞く必要はない」
「誰かの言葉通りに生きる必要もない」
「・・・・・・という、私の言葉さえ、本当は聞く必要はないの」
「わかる?」
「えっと・・・・・・わからない」
本音だった。
だって、親の言うことは聞くべきだ。
先生や、友達の言うことにも、耳を貸すべきだ。
誰もがそう口を揃えるし、そうでなかったら、実際どうするべきかわからないこともある。
「私は何も、すべて一人でやれと言ってるわけじゃない」
すると、レイは言った。
「あなたは他人の言葉に惑わされる必要はないって言ってるのよ」
元記事:数年前、自殺しようとしてた俺が未だに生きてる話
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「誰かの言葉通りに生きる必要もない」
「・・・・・・という、私の言葉さえ、本当は聞く必要はないの」
「わかる?」
「えっと・・・・・・わからない」
本音だった。
だって、親の言うことは聞くべきだ。
先生や、友達の言うことにも、耳を貸すべきだ。
誰もがそう口を揃えるし、そうでなかったら、実際どうするべきかわからないこともある。
「私は何も、すべて一人でやれと言ってるわけじゃない」
すると、レイは言った。
「あなたは他人の言葉に惑わされる必要はないって言ってるのよ」
「ええ」
レイはうなずいた。
「だって、新聞の切り抜き一つで、あなたはどれだけ消耗した?」
「どれだけの時間を無駄にしたの?」
「それは、惑わされているからでしょう?」
「でも、それは・・・・・・」
「そんなものは無視することよ」
「直接、目を見て罵られたのなら怒るのもわかるけれど」
「新聞の切り抜きは、新聞の切り抜きで、それ以上のものじゃない」
「つまらない憶測で、自分を傷つけるのは無駄」
だから、俺が思ったのは憶測なんかじゃなくて・・・・・・」
「それでも、よ」
レイの言葉は、静かだけれど力強かった。
「他人が何を考えてるかなんて、どうだっていいことなの」
「見えないし、聞こえない」
「馬鹿正直に憶測して傷つくことなんてない」
「あなたは、トゲが刺さると知りながら、目についたイガ栗を全部素手で拾おうとしてるの」
「他の人は、それを避けて歩いているのに」
「あなただけが、自分から拾ったイガ栗のトゲが痛いと嘆いてるのよ」
「そんなもの、拾わなければいいだけなのに」
そんなはずない、俺は反論しようとした。
「俺は、傷つきたくない。そんなこと、絶対に・・・・・・」
「なら、そういう癖がついてるのね」
レイはあっさりと言った。
「トゲは時に甘美だもの」
「自己憐憫にはちょうどいいのよ」
「そんなこと・・・・・・」
ない。
そう思いたかったが、完全には否定できないような気もした。
他人の気持ちに敏感な自分。
そして、敏感なゆえに傷つく自分。
俺はやっぱりそんな自分が好きだったからだ。
そして、それがレイの言う、〈イガ栗を好んで拾いに行く〉ということだろう。
これがイガ栗なら、どうしたら俺はこれを拾わずにいられるんだろうか。
気づかないふりをする?
それとも・・・・・・?
「簡単よ」
「握りつぶして、ゴミ箱に入れるの」
俺は早速その通りにした。
何だか、すっきりした気分になった。
「自分以外のことに、真剣になってくれる人間は稀」
「仮に、それが真剣な助言だったとする」
「それでも、その助言があなたに合うかはわからない」
レイは続けた。
「覚えていて」
「選ぶのはあなた」
「他人は責任を背負わない」
「あなたの行動の責任を取るのは、あなただけ」
「わかった」
俺はうなずいた。
けど、うなずきながらほんの少しその言葉に違和感を覚えた。
それはきっと、俺に助言をくれる立場のレイが、
自分の言葉を信じるな、そう言っているような気がしたからかもしれない。
レイと話しているうちに時間も過ぎていたし、
それも暴れたせいで身体のあちこちが痛かった。
自己憐憫。
レイが見たら、そう言われるだろうなと思いながら、
俺は身体についた傷を眺めた。
皮がめくれたミミズ腫れの跡を、
内出血して血の滲んだ打撲の跡を。
痛くなかったわけじゃない。
けど、その痛みを感じたいと思ったこともきっと事実だった。
もしかしたら、俺はそうして自分を罰したかったのかもしれない。
唐突に、そんな考えが頭に浮かんだ。
親の期待に応えられない自分を、
不登校をして、引きこもりになった自分を。
不登校や引きこもりは俺のせいじゃない。
この傷は、俺自身がつけたものだけど、俺はこんなふうに罰せられるべきじゃない。
「なら、罰を受けるべきは誰なの?」
すると、頭の中のレイが現れ、俺の耳許でささやいた。
「あなたのせいじゃなかったら、これは誰のせいで、誰が責めを負うべきなの?」
俺は傷跡から顔を上げた。
そして、そこにいるはずのない、想像のレイを振り向き、言った。
「それは・・・・・・Aだ」
「そうよね」
その答えを聞いて、頭の中のレイは嬉しそうにわらった。
つられて、俺も口角を上げた。
吐く息に混じって、気持ち悪い笑い声が漏れた。
「Aだ」
俺は小さく声を出してつぶやいた。
そうすると、いままで薄ぼんやりとしていた俺の言葉は、
実体となって現実に姿を現した。
それは俺の手にしっくり収まる、ナイフの形をしているように見えた。
何を始めたのか。聞いたら、みんなきっと驚くだろう。
なんと、俺が始めたのは俺は筋トレだったのだ。
なぜかって言われたら、なぜだろう。
別にレイに勧められたわけじゃないし、遅ればせながらビリーに憧れたわけじゃない。
俺は、俺の意志で筋トレを始めた。
もちろん、最初は腹筋10回くらいなものだったけど、
それも記録をノートにつけて、だんだん回数を増やしていった。
俺はそう思ったのかもしれない。
それとも、運動神経がない分を、せめて筋力でカバーしようとしたのかもしれない。
それはわからないが、いま一つだけ言えることは、
あのときの俺は強くなりたい、そう思っていたんだろうということだ。
・・・・・・いや、少し違うな。
「強くなりたい」だなんて、そんなことはいじめられたときから思ってた。
そのときこそ、俺には強さが必要だったんだから。
だから、強くなりたい。俺はそう「思った」だけじゃなかった。
強くなりたいとそう思って、なおかつそのためにはどうしたらいいか、やっと理解していた。
〈現実を変えるのは行動〉
その言葉を理解したとき、強くなりたい、そう願うだけの俺は消えた。
その瞬間に、俺は「強くなる」準備ができたんだ。
思えば、Aの観察も、筋トレも、
目標のために何かを積み重ねていくという点では同じことだった。
まあ、でも筋トレの方が客観的な成果を実感できるから楽しかったかもしれない。
だって、例えば「部屋を出る」から「家を出る」って行動の間。
俺的には、その間にはものすごい隔たりがあって、越えるのが大変だったわけだけど、
それって、俺以外にはピンとこない話なわけだ。
けど、最初「腹筋10回」がやっとだったのに、「腹筋50回」できるようになったって、
そう言ったら、おおすごいじゃん、ってなるだろ?
やればやるだけやっただけ、目に見える効果がある。
それは俺にとってかなり励みになった。
一日中、寝たりパソコンをしてるより、身体の調子がよくなったんだ。
腹も以前より減るようになって、俺は親のいない間に階下に降り、
自分で飯を食うようになった。
とはいっても、料理なんかしたことないから、
炊飯器の白米に納豆と卵みたいなやつだったけど。
まあ、健康にはよかったかな、とは思ってる。
「新学期を待った方がいいわ」
レイはそう言った。
「そうする」
俺は素直にそう言った。
けど、内心は、春休み中でもチャンスがあったら逃す手はないと思っていた。
これは俺の戦いだ。
一つの答えを出していた。
自転車を転ばせる。
俺の以前の考えは、実は正解に近かった。
俺の計画は、Aが自転車から降りている状態ならば、成立する。
ということはつまり、Aから自転車を奪えばいいのだ。
なぜなら、自転車がなければ、Aが車で送り迎えされることもあり得る。
そんなことになったら、ナイフで刺すどころじゃない。計画自体がおじゃんになる。
それならどうするか。
そこで俺が考えたのは、
塾に止めてある状態のAの自転車を、パンクさせるという手段だった。
そうなったら、こっちのものだ。
俺はそう考えた。
もちろん、Aが家に電話して迎えに来てもらう、という選択肢もあり得る。
けど、その可能性は少ないだろう、俺はそう判断したのだ。
なぜなら、夜道を心配するような家族なら、
そもそも最初からAを自転車で通わせたりしないだろう。
大体、ゆっくり歩いても塾からAの家までは三十分ほどで、
迎えに来るような距離でもない。
それに、どのみちパンクした自転車は持って帰らなければならないのだ。
スポーツタイプの高そうなものだし、放置も考えにくいだろう。
けど、俺はこの方法だけに固執するつもりはなかった。
肉体的にも、精神的にも、俺は強くなっていた。
だからもし、Aが親に迎えを頼むことになっても、それはそれでいい。
俺はそう思っていた。
自転車がパンクするなんてよくあることだ。
Aは特別警戒心も抱かないだろう。
それなら、チャンスはまだいくらでもある。
俺はいつか、そのチャンスをものにできる。
そう考えていたんだ。
計画を伝えると、レイはいつものように冷静にそう聞いた。
「いや、ないよ」
俺は答えた。
「でも、練習するつもり」
当てはある。自分の自転車だ。
もうずっと使ってないから空気が抜けているかもしれないが、
練習くらいにはなるだろう。
「練習?」
レイが言った。
珍しく動揺したような雰囲気に、俺は笑った。
「大丈夫だよ、家の自転車だから」
それから、少し考えて付け足した。
「計画の前に捕まるような真似はしないって」
自転車のパンクでも、何件も続けば警察が調べるかもしれない。
レイはそれを気にしてるんだろう。
「それならいいけど」
レイに冷静さが戻った。
信用されてないな、そう思って俺は頬を膨らました。
そりゃ、レイは頭がいいけど、俺だって考えてるんだぜ、そう思った。
「それからさ」
俺は続けた。
「そろそろナイフを手にいれとこうと思うんだけど」
「どこで買えばいいと思う?」
「ホームセンターとかだと、足がつくかな?」
足がつく。
どうかツッコミは許して欲しい。
ちょっと言ってみたかっただけだ。
レイは即座に否定した。
「夜中にでも買いに行かない限り」
「そうかな? 中学生が包丁買うとか、怪しまれない?」
「親に頼まれた、とか言った方がいいかな」
「何も言わなくても大丈夫だと思う」
「そんなことくらいじゃ、誰も怪しまない」
「それより、時間」
「昼間にあなたは買い物に行けるの?」
「それは・・・・・・」
俺はもったいぶってから言った。
「やるよ。だって、そうしなきゃ、目的は達成できないわけだし」
いままでのあなたじゃないみたいね、
冷ややかながらも、レイなりの褒め言葉を俺は期待した。
しかし、期待とは裏腹に、レイは気落ちしたように言った。
「なんだよ」
期待した分、俺は少し落胆して言い返した。
俺がつまずいていれば、根気よく諭してくるくせに、
いざ俺が快調に進んだら落ち込むなんて、そんなことあるか?
「そりゃ、昼間買い物に行くなんて、簡単じゃないよ。
夜中とは比べものにならないほど他人がいるし、知り合いに会うかもしれないし」
なんでちょっと「頑張ってる俺」を主張してんだ?
そう思いながら、俺は続けた。
「けど、行動しなきゃ。そうだろ?
目的のためには、考えてるだけじゃダメだ。
君がそう教えてくれたんだろ?」
「そうよ」
レイは答えた。
けど、やっぱどこかいつもと違う。
「どうしたんだ? もしかして、なんか調子でも悪r」
そこまで打ち込みかけたとき、画面がばっとスクロールした。
「ごめんなさい」
「今日はこれで落ちる」
「ナイフを手に入れたら教えて」
「それじゃ」
あとに残された俺は、あっけにとられて動かなくなった画面を見つめた。
一体どうしたっていうんだ??
俺、何か悪いこと言ったか??
ログを読み返して考えても、答えは出なかった。
というか、これまで俺がレイに吐いた暴言の数々を思えば、
あれ以上のもんなんか滅多に出るはずがない。
「どうしたんだ? もしかして、なんか調子でも悪」
画面の下には、エンターキーが押されないままの俺の台詞が並んでいる。
もしかして、〈現実〉のレイに本当になにかがあったのか?
俺は久しぶりに心臓が嫌な音を立てるのを聞いた。
それから、俺が自分以外の人間の心配を・・・・・・
つまり、レイの心配なんかしたのは初めてじゃないか?
そう思った。
いつの間にか気にしなくなっていた疑問を、俺は改めて自分に問い直した。
年は?
考えたくないが、性別は?
○○公園に来られるくらいなんだから、、近くに住んでる人なのか??
それから・・・・・・。
俺はいままでは気づかなかったことに、どきりとしながら、思った。
それから、俺と同じ時間帯に寝起きしてるなんて、
レイは一体どんな生活をしてるんだ?
一瞬、頭をよぎったのは、そんな考えだった。
が、俺はすぐにそれを否定した。
だって、レイは俺が外に出るために協力してくれたんだし、
何より、彼女が公園に現れたという〈証拠〉は俺が持っている。
俺は、クリアファイルに大切に仕舞って置いた紙片を取り出した。
〈レイ〉。
彼女があそこに現れた動かぬ証拠だ。
でも、それはどんな生活だろう。
夜勤をしているとか、夜間の学校に通ってるとか・・・・・・??
いや、それもおかしいだろう。
俺は自分の考えを自分で否定した。
だって、夜勤や夜間学校に行く人たちは、昼夜逆転の生活って点では正しい。
けど、その人たちはその夜の時間は、仕事場や学校にいるのだ。
俺の相手をしていられるはずがない。
それはそれで俺の相手をする暇なんかあるはずがない。
夜中に、何時間も、それも知りもしない俺の相手なんか・・・・・・
いやいや、俺を知ってたら尚更、こんな引きこもりの相手なんか嫌だろう。
それにそもそも、こんなに辛抱強く相手にしてくれる人を、俺は知らない。
親にだって腫れ物扱いされてるってのに。
うーん、俺は唸った。
レイの正体。
それはこれまで気にせずにいられたことが不思議なほど、思わぬ難問だった。
チャットの無表情キャラのアイコンを眺めながら、俺は考えた。
いままで、レイが答えてくれなかった質問はない。
だから、もしかしたら答えてくれるかもしれない。
俺はしばらく考えた。
すると、〈考えるより、とにかく行動〉、レイの言葉が浮かんだ。
このまま考えると、また負のスパイラルに入ってしまうことを、
俺はもう嫌と言うほど知っていた。
そして、渦に引き込まれる前に、それを拒絶する術を身につけ始めていた。
口で言うのは簡単だけど、なかなか実行するのは難しいことだ。
考えたい、と思わないこと。
自分の世界にどっぷり浸かりたいという甘美な誘惑を振り切ること。
それは経験したことはないけど、きっと酒や煙草をやめるときと同じだと思う。
誘惑を拒絶する、意志の力が必要なんだ。
もう一度、レイと約束をしよう。
○○公園まで来てくれって、そう頼んでみよう。
そしたら今度こそ、俺は時間通りにそこに行くからって。
・・・・・・そうして現れたのが、脂ぎったオッサンだったら?
それが〈現実〉だ。
それに、こっちだって気持ち悪い引きこもりなんだからどっこいどっこいだろ?
だなんて、本当にそう思えたわけじゃないけど、
でも、とりあえず俺はそれでレイの正体に決着をつけた。
その瞬間が来るまでは、レイには儚げな超絶美少女でいてもらうことにして。
一息つくと、俺はノートの新しいページを開いた。
計画はいよいよ大詰めを迎えていた。
完全犯罪には、少しのほころびも許されないし、本番は一度きりだ。
こればっかりは練習するってわけにもいかないから、
頭の中でイメージトレーニングを積むしかない。
それに、準備する品物のリストアップ。
ホームセンターにナイフを買いに行くのなら、
他のものもいっぺんに揃えておきたい。
俺は丁寧にノートにそう書き込んだ。
少し考えてから、括弧付きで
(できるだけ先の尖ったもの)
そう付け足す。
それから、千枚通し。
これは未だ実験はしていないが、タイヤをパンクさせるための道具だ。
ネットで調べたら、釘でパンクするというから、
千枚通しも似たようなもんだろうと思った。
・・・・・・ちなみに、俺はその当時「千枚通し」という言葉を知らず、
ノートには「たこ焼きをひっくり返す針」と、書かれている。
針って。
そう書いてから、俺は後ろに「?」を付けた。
返り血対策にいいと思ったのだが、
晴れた日のレインコートは、いくら暗闇でもちょっと不審すぎるだろうと思ったのだ。
透明の・・・・・・そう書き足してから、やっぱりぐちゃぐちゃと消してある。
そうだよな、透明のレインコートでも、本当の意味での「透明」じゃないもんな。
・・・・・・と、そこまで考えて、俺は首をひねった。
そんなに返り血って飛ぶもんなんだろうか。
パソコンで調べてみたが、そんな物騒な体験談が載ってるわけでもなく、
俺はノートに「「返り血」と書いて、そこに大きく丸を付けた。
これはあとで調べるか、レイに聞いてみよう。
これもノートに書いてから、「?」を付けた。
手袋なんてものを思いついたのは、
テレビでも漫画でも、「凶器の指紋」とか「指紋が出た」とか聞くからで、
その「指紋」を残さないためには、手袋が必要だと思ったのだ。
けど、これもどうだろう。
警察の科学捜査の知識なんかゼロの俺は顔をしかめた。
俺はAに刺したナイフをそのままにするつもりはなかった。
だから、指紋のことは考えなくてもいいんじゃないかと思ったのだ。
けど、もしものことがあったら困るから、しておくに越したことはないか・・・・・・。
俺は「手袋」に付けた「?」を消した。
それから、もう少し考えて、「黒くてすべらない」と付け足した。
いまなら呆れるようなこのリストを、大まじめに考えて、丁寧にノートに書き付けたのだ。
それは、目標が目標だから、あまり褒められたもんじゃないことは確かだ。
でも、このリストを見るたび、俺はあのころを思い出す。
そして、少し懐かしいような、微笑ましいような、
それでいて、息苦しくて胸が締め付けられるような、そんな気持ちになる。
これは、俺の過去の姿そのものだった。
それもとんでもなくリアルで、ありのままの。
ここには、まだ、あのときの俺がいる。
14歳の少年の、あまりに純粋な闇がここに息づいている。
俺はそれを感じて、どうしようもなく胸が締め付けられるんだ。
俺は自分では前向きに進んでいるつもりでいながら、
その肝心の未来のことなんて、これっぽっちも考えていなかったんだ。
Aを殺す、という目標の後も続くだろう、自分の未来のことを。
俺の思考は、Aの殺害で止まっていた。
そして、その先は真っ白だった。
Aを殺して、それで自分が逮捕されなければ、それでいいんだと思い込んでいた。
物語のように、映画のように、
画面に現れたエンドマークが、すべてを丸く収めてくれるんだと思ってた。
けど、それは違うんだって、
〈現実〉ではそんなことがあり得ないんだってことが、いまならわかる。
そして、それこそが、レイが本当に言いたかったことなんだってことも。
だから、俺が考えるべきは、目標の先のことだった。
あのときはまだ白いままの、俺の未来のことだったんだ。
それから、時間が来るとノートを閉じ、Aの観察に出かけた。
足音を忍ばせて、親の寝室の前を通り過ぎながら、
俺はあと何回、こうして出かけることになるんだろう、そう思った。
筋トレ分、飯の量は増えている。
炊飯器の米がなくなってるんだから、親も俺の変化に気づいてないことはないだろう。
この夜の外出も、気づかれるのは時間の問題かもしれない。
俺は初めて危機感を覚えた。
もし、外出に気づかれたそのあとに、A殺害のニュースが流れたら??
そうしたら、親は俺を疑うだろうか?
疑って・・・・・・どうする?
警察に洗いざらいしゃべるだろうか??
だめだ、考えるな!
俺はすんでのところで、その凶悪な指先から逃れた。
考えるな。何も、考えるな。
そう言い聞かせながら、窓を開けた。
いつもよりも慎重に、静寂の底を這うように。
けど、俺の心持ち一つで、それは何か恐ろしいものを秘めているように見えた。
『こんな夜中にどこへ行くんだ』
すぐ先の角から親が出てきて、俺を止めるんじゃないか、
警察に声をかけられるんじゃないか、
まさか、俺の魂胆を知ったAがナイフを構えてるんじゃないか。
挙動不審に陥った俺は、
いまでは完璧に見切っていたはずの人感センサーに片足を引っかけた。
ぱっと明るい光が、闇から俺を洗い出した。
通りがかりの人がいたというだけだ。
何もやばいことなんてないだろう。
だというのに、俺は思わず小走りになった。
何かに追いかけられるように足は止まらなくなり、そのまま公園まで俺は走った。
日々の筋トレのせいだろうか。
レイと約束をしたあの日、便所サンダルで走った道を、
俺はあのときとは比べものにならないほど軽々と走り抜けた。
けど、その成果を嬉しく思えるような精神状態にはなかった。
怖い。
怖い。
怖い。
何をそう感じるのかわからないまま、俺は走り続けた。
だから、俺は塾の前の通りを歩き、Aの自転車の位置を確認しておこう、
そう思っていたはずだった。
けど、なぜか俺はそうしなかった。
俺は、観察するうちに判明したAの帰路を一通り歩き、
それから引き返して、殺害予定場所に佇んだ。
そこは街灯の切れ間にできた暗がりで、
俺が潜むのにおあつらえ向きなゴミ捨て場から少し進んだ場所だった。
周囲の家は高い壁で囲まれていて、人目も気にならない。
ここで、Aが倒れる。
そのときの想像をし、俺は黒い道路を見下ろした。
俺のナイフが、Aの腹に刺さっている。
Aは仰向けに倒れ、瞳孔の開いた目で俺を見上げている。
お前か? お前に俺は殺されたのか?
そんな、驚いたような表情で。
ぽかんとバカみたいに口を開けて。
ぬるい春風だ。
だから、寒かったわけじゃなかった。
けど、風に追いやられるように、俺は踵を返した。
角を曲がり、犯行予定地が完全に見えなくなるそのときまで、
死んだAが俺の背中をじっと見ているような、そんな気がした。
そして、いつもなら始める筋トレをすっ飛ばしてベッドに潜り込んだ。
明日の昼間、ナイフを買いに出かける。
俺はそれをまるで与えられた任務のように頭にたたき込むと、目を閉じた。
それから思いついて、埃を被った目覚まし時計に手を伸ばした。
いつかの誕生日に、親にもらったロボット型の目覚ましだ。
「オハヨウゴザイマス、地球ハ朝デスヨ」
電子音代わりに、そんな音声の入ったものだ。
不登校になる前は、ずっと使っていた。
親がくれた他の誕生日プレゼントなんて、
何をもらったか、それをどこにやったのか、なんてあまり覚えてもいないが、
これだけは好きで使い続けていた。
だって、
「オハヨウゴザイマス、地球ハ朝デスヨ」
なんて、なんか夢がないか?
そんなわけあるはずないけど、
このロボットは宇宙と交信ができて、いろんな星々に朝を伝えてるんだ、
俺はそんな想像を膨らませていた。
火星の真っ赤な朝や、木星の煙った朝、
それから、太陽からずっと離れた星の、誰も知らない星の朝・・・・・・
ロボットはそれを俺に教えてくれる。
今日も始まる地球の朝。
輝きに満ちた新しい朝。
目覚ましを午後二時に設定しながら、俺は思った。
俺の朝はいつから来なくなってしまったんだろう。
再び目を閉じ、俺は強く思った。
Aを殺して、俺は自由になる。
そして・・・・・・俺の朝を取り戻す。
そのためにはナイフを買いに行かなくてはならない。
できるだけ早く、誰にも気づかれないうちに、事を済ませてしまわなければならない。
Aを殺さなければならない。
Aを殺す、Aを殺す、Aを殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す・・・・・・
つぶやきながら落ちた眠りは浅かった。
けど、それは逆に良かったのかもしれない。
こんなふうに高ぶった神経のままでなきゃ、俺は任務を成功させる自信がなかったから。
「オハヨウゴザイマス、地球ハ朝デスヨ」
「オハヨウゴザイマス、地球ハ朝・・・・・・」
ロボットが三回目の台詞を言い終わる前に、俺は頭のボタンに触れ、目覚ましを止めた。
「火星ハ夜ノ三時デス」
止まったときの音声に、俺は思わずふふっと笑った。
久しぶりに聞いたからってのも、もちろんあったが、
火星が夜の三時って何なんだよ、と思った。
まあ、それを言ったら「地球の朝」って何なんだよ、ってことだけど。
体中の神経がびりびりと敏感になっているような気がした。
窓の外には、夜には聞こえないさまざまな音が、当たり前のように充満している。
昼間の光に照らし出された町が、ざわざわとうごめいている。
他人だ。
俺はみぞおちがすうっと冷たくなるのを感じた。
この窓の外では、他人が笑って、話して、歩いて、車に乗って、仕事をして、
まるで働きアリみたいに、忙しく動き続けている。
俺が眠っている間に、
俺を置いてきぼりにして。
それから、そろそろと立ち上がった。
窓の外にいるあいつらに気づかれないように、
俺の気配を誰も感じられないように。
こんなことで、今日、買い物に出かけられるんだろうか。
不安が頭をよぎった。
俺は自分を叱咤すると、錆びて固まったような身体を無理矢理動かし、着替えた。
昼だと、いつものマリナーズ帽は目立つかとも思ったが、
帽子を外すことはどうしてもできなかった。
俺は肩掛けバックに財布を入れると、自転車の鍵を引き出しから探し出した。
近くではなく、少し遠いほうのホームセンターに行こうと決めていたからだ。
こう書き出してみると、俺は冷静で落ち着いているように見えるかもしれない。
実際、俺も何となく上の空ながらも「意外と冷静」だなーなんて思ってた。
いざ出かけようとして、
いつものように廊下に置かれた飯を蹴り飛ばすまでは。
どうやら、完全に地に足がついてないな。
俺は少し反省した。
幸い汁気のあるものはなかったから、
とりあえず部屋の中に飯を入れて、階下に向かった。
やばいやばい。
今日は玄関から出ないと・・・・・・。
俺は一度深呼吸をして、何とか気持ちを落ち着かせた。
靴を履き、魚眼レンズから外を覗いた。
誰もいないことを確認する、玄関に手をかける、もう一度確認する、
そんな何回か繰り返してから、やっとドアを開いた。
その瞬間、車が通った。
冷や汗が滴るのを、帽子のつばを下げて隠し、
家の横から自転車を引きずり出した。
そして、逃げるようにそれに飛び乗った。
俺はできるだけ顔を上げずに足を動かした。
誰も俺に声をかけないでくれ。
誰も俺に声をかけないでくれ。。。
その願いが通じたのか、俺は無事に危険区域(近所)を抜けた。
よかった・・・・・・
最初の難関をくぐり抜け、ほっとした俺の目に、
そのときピンク色の花びらが映った。
俺は思わず顔を上げた。
桜だ。
ちらほらと咲いた桜並木の中を、
人目を気にしながらも、俺は自転車を少しゆっくりと走らせた。
こんな俺にも、桜って花は何となく特別で、
見ていると心が洗われるような、前向きになれるような、そんな気持ちになるものだった。
ああ、もう春なんだなあ。
いっとき、Aを殺すことを忘れ、
俺は張り詰めていた心を緩ませた。
前から歩いてきたおばさんに、
すぐに目を伏せざるを得なくなったけど。
やっぱり、>>1は作家志望とかなの?
なぜ、いまこれを書いているかってのは、ラストにちゃんと書くつもりだ。
俺は明らかに挙動不審な仕草で、おばさんから顔をそらした。
・・・・・・と、その一瞬、ちらっと見えたおばさんの様子に少しギョッとした。
それから、そうか、と思いついて慎重にあたりを見渡した。
バス停のベンチに座ったおじいさん、コンビニから出てきたおじさん、
道の向こうを集団で歩いているどっかの女子中学生・・・・・・
みんながみんな、というわけじゃないが、
結構な人たちが、マスクで顔半分を覆い隠している。
花粉症だ!
俺はとっさに自転車から降りると、コンビニでマスクを買った。
一応、疑われないようにと思ってニセのくしゃみをしたが、
それはどうやら必要なかった。
・・・・・・俺はマスクを装備した!
・・・・・・他人の視線によるダメージが半減されるようになった!!
そりゃ、花粉症じゃないから言えることだとはわかってるが、
こんなに春という季節に感謝したことはなかった。
マスクをする。
たったこれだけで、こんなにも他人の目が気にならなくなるなんて。
俺はこのマスクが一生顔から外れなくったって構わないとさえ思った。
(飯のことを思いついて、あとで訂正した)
そんな話をよく聞くが、それはテンションが上がった状態でも同じらしい。
無事ホームセンターに着いた俺を待っていたのは、
さらにテンションの上がる発見だった。
それは入り口の「本日ポイント5倍サービス!」コーナーにずらりと並んだ、
市町村指定のゴミ袋だった。
・・・・・・もし、洋服に返り血がついても、これで捨てちまえばいいんじゃないか?
俺はとりあえず、ゴミ袋を手に取った。
犯行現場予定近くのゴミ捨て場に捨てるわけにはいかないけど、
もう少し遠いところなら?
事件が発覚して、警察が捜査し出す頃には、
物証は回収されて燃やされちまうってわけだ。
都会のように中を検めてどうのこうのって話も聞かない。
凶器の包丁も、もしかして洋服に包んでしまえば、
そのまま回収されて処理場行きだろう。
たぶん。
俺のテンションはさらに上がった。
その勢いで、俺はリストアップされた品物を次々にカゴに入れた。
それから、一番安い野球帽と、黒っぽい作業着の上下。
野球帽を買ったのは、せっかくのマリナーズ帽を汚したくなかったからで、
そう考えると、洋服も使い捨てが良いだろうと思い、購入した。
そうなると、靴も必要だろう。
けど、予算がどうかな・・・・・・??
そう思いながら靴売り場を覗くと、意外と二束三文の値段で売っていた。
すげえな、ホームセンター。
気をよくした俺は、最後の品物を買いに向かった。
包丁だ。
目移りしそうなほど並んだ包丁を見て、俺はひとまず感心した。
ステンレスから鋼、白いセラミック。
四角いのから、幅の細いの。
種類も様々なら、値段も様々だ。
一万円以上の値札が付けられた包丁を見て、
俺は目を丸くした。
よく切れるのかもしれないけど、これはさすがに買えないな・・・・・・。
すると、なんだかんだで3000円はいっていた。
財布の中身は・・・・・・俺は分かり切ってることを確認する。
使わなかったお年玉や、臨時の小遣い、
そんないままでの分を全部合わせた、計6000円だ。
残りを全額つぎ込むとして、買えるやつはアレとアレとアレと・・・・・・
とりあえず候補は出したが、なかなかどれを買うか決まらない。
包丁売り場で悩んでたら疑われる。
そう思った俺は、隣のまな板を手にとった。
そして誰もいない通路で、「俺が欲しいのはまな板です」アピールをしながら悩んだ。
そうすれば、どれが目的にふさわしいか、わかるような気がしたからだ。
けど、包丁はどれも箱に収められている。
・・・・・・よし、これでいいだろう。
俺は悩み抜いた末、一本を選んだ。
それは背が黒い色をした、比較的細身の包丁だった。
先がすっと尖っていて、よく刺さりそうだ。
そんな物騒なものが入ったカゴを持ち、俺はレジに並んだ。
レジには、二、三人の買い物客が並んでいた。
俺が並ぶと、すぐそのあとにももう一人が並んだ。
タンスが丸ごとカビたんだろうか。
箱形のでかい除湿剤を山ほどカゴに入れた、おばさんだ。
おばさんは、俺のカゴの中をちらっと見た。
『あら? あなた、誰かを殺すつもりね??』
だなんて、もちろん言われなかったけれど、
俺はいまにもそう言われそうで冷や汗が止まらなかった。
俺がその用途を知っているからだろう。
カゴの中身は殺人道具にしか見えなかった。
俺はレジの順番が来る間中、これが殺人道具じゃないという言い訳を考えることに費やした。
あ、フナとかじゃなくて、少し大きめの・・・・・・サバ? そう、サバとかで、
それで汚れない服装と、すべらない手袋と、ゴミ袋と、包丁が必要で・・・・・・
・・・・・・という言い訳は、さすがに苦しいだろうか。
というか、全然殺人の方向から離れてないし。
いや、それなら調理実習のほうが・・・・・でもそれならエプロンだろうな?!
いい加減、考えが煮詰まったころ、極めて順当に俺の番が来た。
ピッ、ピッ、ピッ・・・・・・
「5760円になります」
レジのおばちゃんは、俺には一瞥もくれず、品物をレジ袋に詰めた。
俺は黙って、6000円をレジに置いた。
レイに言われた言葉を、俺はぐっと飲み込んだ。
「240円のおつりになります」
「どーもありがとうございましたー」
俺の気も知らず、おばちゃんはさっさと釣りを押しつけると、
大量の除湿剤をレジに通し始めた。
俺は受けた衝撃から回復しないまま、出口へ向かった。
それは、俺の〈自意識過剰〉が簡単にいなされた衝撃であり、
それから、殺人道具一式がこんなに簡単に手に入ってしまったことへの衝撃でもあった。
そうは言っても、これじゃ簡単すぎる。
俺は出かける前の俺に聞かせてやりたいくらいの、
贅沢なつぶやきを口にした。
計画が順調なのは良いことだ。
けど、順調すぎても怖くなるのが、人間の心理だ。
そうだろ?
俺は自転車に飛び乗ると、桜並木の中、力一杯足を動かした。
この正体のわからない焦燥感を、そうすることで紛らわそうとした。
帰ろう。
家に帰るんだ。
春の陽気に汗ばみながら、俺はそれだけを一心に思った。
家に帰って、パソコンをつける。
そしたら、そこにレイがいる。
そして、俺に答えをくれる。
いつものように簡潔に、いつものように少し素っ気なく。
ひらひら、ちらちらとうるさく散り続ける。
それを蹴散らすように、俺は家へ急いだ。
なぜだか、少しでも早くレイと話さなくちゃいけない、そんな気がした。
「他のものも」
まだレイが現れる時間じゃないことは知っていた。
けど、部屋に戻ると、俺はそう画面に打ち込んだ。
「チャンスがあったら、今日にでも計画を実行したいと思ってる」
「っていうか、する」
「それで、話があるんだけど・・・・・・」
俺は並んだ文字を読み返すように確認してから、続けた。
「俺が捕まらなかったら、」
「レイに会いたい」
震える指で、俺はエンターキーを押した。
画面に、俺の書いたままの文が表示された。
それを読み返し、俺は、なんかプロポーズみたいだ、、、、と勝手にどきどきした。
付き合うどころか、なくせに。。。
「前と同じ時間と場所でいい?」
「君の都合に合わせるよ」
一気に書ききって、俺はベッドに倒れ込んだ。
照れ隠しもあるが、早起きをして、買い物をこなして、本当に眠かったのもあった。
俺は眠いという欲求のままに目を閉じた。
そのまま、ひとときの眠りに落ちた。
時計の針は、まだ夜の九時過ぎを指していた。
今日、計画を実行するにしろ、日付が変わる前に家を出れば間に合う。
俺は思いきり伸びをして起き上がった。
それから、部屋のドアの方を見た。
さっきの物音は、飯が廊下に置かれた音だろう。
人の気配がないことを確かめてドアを開ける。
すると、そこにはまだ温かい生姜焼きが置かれていた。
皿を覆ったラップが、湯気で曇っている。
考えてみたら、今日はまだ何も食べてない。
昼にひっくり返したサンドイッチを振り返ってから、
俺はとりあえず生姜焼きのラップを外した。
それからお盆ごとパソコンの前に移動させると、白飯と共にかっ込んだ。
うまい。
思わず夢中で食べ進むうちに、俺は画面に新しい文章が増えているのに気づいた。
レイだ。
反射的に俺はそう思った。
同時に、俺の顔は嬉しさでほころんだ。
だから、というべきか、そこに書かれた言葉の意味を理解したのはその後だった。
俺は笑ったような顔のまま、画面の前で固まった。
「計画は中止して」
何度読み返してみても、そこにはこう書いてあったのだ。
どういうことだ?
レイは何を言ってるんだ??
俺は大量のはてなマークに埋もれた。
そうしながら、急激に不安に襲われた。
レイがこんなことを言うなんて、よっぽどのことが起きたに違いない。
殺人道具一式を買い込んだ俺が出て行くのを見計らって、
あのレジのおばちゃんがこっそりと警察に電話をする・・・・・・
・・・・・・そんな想像が俺の頭に浮かんだ。
自分でした想像を打ち払うように、俺は首を振った。
俺はまだ道具を手に入れただけだ。
何も事件は起こしていない。
たしか、警察は事件が起こらないと動けないんじゃなかったか?
それとも、計画だけで逮捕するなんて、そんなことができるんだろうか・・・・・・!
「どうして????」
「何かあった?????」
俺は急いで打ち込んだ。
「レイ??????」
「大丈夫?????」
不安のまま、俺は呼びかけた。
レイがいなくなったらどうしよう、よくわからないがそんなことを考えていた。
「どうかしてるのは、あなた」
するするっと画面がスクロールし、レイが言った。
「よかった・・・・・・」
リアルでも、文字でもつぶやいて、俺はため息をついた。
レイはいた。
いつものように、ここにいてくれた。
でも、それなら・・・・・・と、俺は首をかしげた。
計画中止ってなんのことだ?
ここまでやり遂げて、あと一歩ってときに、どうして中止しなくちゃいけないんだ?
俺は聞いた。
「道具は揃えたし」
「千枚通しで、自転車もパンクしたし」
「あとは、チャンスをうかがうだけだから、大丈夫だよ」
実験結果もあわせて報告する。
「パンクってなんかすごい音がするかと思ったんだけど、そうでもないんだな」
これなら、誰にも気づかれることがない。
俺は自信を深めていた。
〈行動の記録が努力の証〉
俺はレイの言葉を忠実に守ってきた。
そして、その結果、計画もここまでこぎ着けた。
確かに最初の変化は、この部屋から一歩出た、それだけのことだったかもしれない。
けどその一歩は、振り返ると、いまやこんなに遠くまで、
想像すらできなかったところまで、俺を押し進めてくれた。
俺は自分が誇らしかった。
いや、これは堂々と誇るべきだろう。
何もできなかった俺が、周囲に当てつけるためだけに自殺しようとしていた俺が、
Aの殺害を計画し、あと一歩というところまで進めたのだから。
「何が大丈夫なの?」
だというのに、レイは冷たく言った。
「え?」
俺は思わず聞き返した。
それは、何かが壊れてしまうような、そんな予感に似ていた。
得体の知れない予感に怯えながら、俺はそう返した。
はっきり言って、レイが何を言ってるのかよくわからなかった。
何か計画に大きな穴があるのか?
俺は本気でそう考えた。
このまま実行すると、俺が捕まってしまうような、そんな穴が。
大急ぎで俺は打ち込んだ。
「俺は完璧だと思ってたけど、何かやばいとこがある?
あ、返り血のついた服をどうするか、だけど、
指定のゴミ袋を買ってきたから、凶器をくるんで捨てちゃおうと思ってるんだ。
もしかして、それってやばいかな??」
普段なら、俺がこれくらいの分量を書くころには、
レイはこの倍のレスをくれているのだが、
今日に限って、それがない。
「どうしたの? 調子が悪いの?」
この前、打ち込めなかった台詞を、俺は打ち込んだ。
「大丈夫??」
しばらく待つと、やっとレイの返事が返ってきた。
「なんだ、心配したよ」
俺はほっとしてそう返した。
それから、中断したままだった飯に手を伸ばした。
あ、そうか、レイも食事中なのかもしれないな。
呑気にそんなことを考える。
そのときだった。
「もう一度言うわ」
「私は大丈夫」
「どうかしてるのは、あなた」
箸を持った手が、宙で止まった。
もう一度、同じ台詞が画面に現れた。
そのまま、再びレイは黙った。
どうかしてるのは、・・・・・・俺?
のぼっていた蜘蛛の糸が、ぷつり、どこかで切れたような音がした。
なんだ? どういう意味だ? なぜレイはそんなことを言う?
糸はまだ完全には切れていない。
そこにしがみついたまま、俺は自問した。
あと少しで、お釈迦様の待つ天上だ。
そこに咲き乱れているという蓮の香りが漂い、
目にはその美しい風景が映ろうとしている。
だというのに。
なぜだ。
糸にしがみつく俺の中に、小さな空虚が生まれた。
それはじわじわと身体の内部を侵食し、俺を虚ろにしようとした。
俺はやっとそう打ち込んだ。
「わからない?」
今度はすぐに文字が現れた。
「わからない」
俺は答えた。
「全然わからない」
「どうして計画を中止しなきゃならない?」
「理由を教えてくれ」
ありったけの力を込めて打ち込んだ。
しばらく待つと、文字が現れた。
俺はその言葉が信じられず、何度もそれを読み返した。
言えない?
言えない、だって?
あの、レイが?
あの、何でも淡々と言葉にしてしまうレイが??
俺は急いで打ち込んだ。
俺は混乱していた。慌てていた。
だって、わけがわからない。
これまで積み上げてきた計画を中止しろ、だなんて。
そう言いながら、中止の理由も説明できないなんて。
「もしかして、俺のことが信用できない?」
わけがわからないまま、俺はそう聞いた。
「いざとなったらできないんじゃないかって、そう疑ってるの?」
「信じてる」
「信じてるからこそ、言ってるの」
レイは言った。
それから、彼女らしくもなく、言葉を翻した。
「いいえ」
「そうじゃなくて」
「あなたは間違ってる」
「だから、やめて欲しいの」
「間違ってる?」
計画を根本的に否定され、俺はさらに混乱した。
間違ってるってどういうことだよ?
そもそも、Aを殺せって言ったのは、ほかならぬレイだろ??
俺は懸命にキーボードを叩いた。
このときばかりは、レイが画面の向こうにいることがうっとうしくて仕方がなかった。
だって口で言った方が遙かに早くて楽なことも、
キーボードじゃもたついて、うまく伝わらない。
「俺の命と、Aの命、どっちが消えるのが正しいかって、君は初め、そう言っただろ」
〈あなたには生きる価値がある〉
レイはそう言ってくれた。
その言葉を土台に、俺はここまで立ち上がれたんだ。
いまさら、その土台が崩れ落ちるなんて、想像もしたくない。
レイはそう認めた。
けど、それはあんまりにも彼女らしくない、弱々しい言葉だった。
「けど、それはそういうつもりで言ったんじゃないの」
「そういうつもりじゃない?」
それはあまりに理不尽で無責任な台詞だった。
現実なら、俺は叫んでいただろう、そんな勢いで俺はキーを叩いた。
「じゃ、どういうつもりだったっていうんだよ!!!!」
茶色い色をした汁がそこらに飛び散った。
「なんなんだよ!!!」
俺は思わずリアルに叫び、パソコンをティッシュで乱暴に拭いた。
腕や足についた汁も拭った。
その延長で床も拭って・・・・・・同じく汁に染まった紙切れに目を止めた。
それはまたしても、新聞記事の切り抜きだった。
親がわざわざ切り抜いて、当てつけのように皿の下にでも置いたんだろう。
苛立っていた俺は八つ当たりをするように、それをぐちゃぐちゃに丸めかけて・・・・・・
・・・・・・ふと、その手を止め、シワになったそれを伸ばした。
切り抜きに並んだ小見出し。
その文字が俺を引きつけたのだ。
「私が求めていたのは、あなたの〈答え〉」
「あなたがこれからどう在りたいのか」
「私はそう聞いたはず」
画面の中のレイが、俺に語りかけていた。
俺はぐちゃぐちゃになった切り抜きを、しばし惚けたように見つめ、
それから、ゆっくりとキーを叩いた。
「俺はAを殺したい。それが〈答え〉だ」
いろいろな感情が渦を巻き、本当は自分が何を考えているのか、
あまりよくわかっていなかった。
「Aを殺す。もう決めたんだ」
「あなたはまだ〈答え〉を出していない」
レイの答えは、いままでと同じくらい早かった。
けれど、その無感情な台詞は、いままでにないくらいの悲壮感をまとっていた。
「あなたはその憎しみを糧に外へ出た。出ることができた。
努力をした。計画を立て、目標に進むことを知った。
素直に現実を見て、行動を積み重ねた。
あなたはもう――」
「もう、何だよ?」
たたきつけるように俺はエンターキーを押した。
レイの言葉が、俺の言葉でぶつ切りになった。
それでも、レイは続けた。
振り絞るように、声を上げた。
幸せな門出の言葉として、笑顔で言いあうべきものだった。
もしも、場面が違ったら。
俺とレイが、言い争いにならなかったら。
きっと、そうなっていただろう。
けど、現実はそうならなかった。
だから。
その言葉を口にしたレイは、まるで涙でしおれた花だった。
「あなたはもう、一人で立ち上がることができたのよ」
「おめでとう」
「あとは〈答え〉を見つけるだけ」
「あなたの〈生きる目的〉を」
レイの冷たい涙の雨が直接心に入り込んだかのように、
すうっと胸が冷たくなった。
「俺が、もう一人で立ち上があることができた?」
「何言ってんだよ、俺はまだあいつを殺してない」
「あいつを殺さなきゃ、俺は立ち上がることなんかできない!」
「俺の命か、あいつの命か。どっちかをこの世から消さなきゃならないんだ!」
そうなのに。
絶対にそうしなきゃならないのに。
どうして、どうしてなんだ。
どうしてレイはそんなことを言うんだ。
あなたも、それに気づいているはず。
あなたはあなたの人生を生きて――」
「違う。Aを殺さないと、俺は生きていられないんだ!
Aを殺す、Aを殺すために俺は!」
「違うわ!」
レイが叫んだ。
初めてのことだった。
「違う」
気圧された俺の隙を突いて、レイは続けた。
「計画は、あなたが立ち上がるために必要だっただけ。
弱ってしまった身体で立ち上がるために、必要な杖であっただけ。
「でも、足元を見て。
あなたはもう杖なしで立ってる。
もうそれは必要ないものなのよ!」
俺は思いきり叫んだ。
「この計画はそんなもんじゃない!
俺はAを殺したいんだ。
あいつを殺すためだけに、いままで努力してきたんだ!」
「これは杖なんかじゃない!
俺が生きるために必要な手順なんだ!!!」
レイはまたしても叫んだ。
もはやいつものレイはどこへ行ってしまったのか、俺にはわからなかった。
「じゃあ、聞くけど、あなたがAを殺したとする。
あなたの世界には、いっとき平和が戻る。
けど、そのあとは?」
「そのあと?」
「そうよ」
レイは少し落ち着きを取り戻したようだった。
「世界はいつまでも平和じゃない。
必ず、あなたはまた誰かと衝突することになる。
二度とあなたがいじめられない保証もない。
そのときは?」
「第二、第三のAが出てきたとき、あなたはどうするの?
そのたびにあなたは〈必要な手続き〉としてその人たちを殺すの?」
「あなたが歩く後に、屍を積み重ねていくの?」
レイの言葉を、俺は撥ねつけた。
「そのときはそのときだよ!
殺すかもしれないし、殺さないかもしれない。
そんなの、誰にだってわかんないだろ!!!」
叫びながら、何か空恐ろしいことを言っている気がした。
けど、そんなことはどうでもよかった。
俺は一度深呼吸をした。
俺が一人で立ち上がったんだとか、計画が俺にとっての杖だったんだとか、
レイの祝福に聞こえない祝福の言葉だって、その全部がどうでもいい。
それより大事なことを、いま、俺は確かめなきゃいけない。
俺は汚れた切り抜きを横目で見た。
「それよりさ」
「建前はいいから、本音を言えよ」
「レイ」
レイは戸惑ったように、けれど慎重に聞き返した。
当然だろう、そう俺は思った。
ここは戸惑ったふりをするべきだ。
なぜなら、レイの考えなら、俺は何にも気づかないはずだからだ。
何も気づかず、おめでとう、レイの祝福をありがたがって受け取るはずだからだ。
けど、そうはいかない。
レイへの尊敬を無理矢理憎しみに変換しながら、俺はキーを叩いた。
そうしながら、心ではまったく逆のことを思っていた。
俺の味方だと、俺を手伝いたいんだと、レイはそう言ってくれたはずなのに。
裏の意味を読む必要のない、真っ直ぐな言葉をくれたはずなのに。
どうしてなんだ、どうしてレイはいまになって嘘をつくんだ。
「本当に思ってること」
「いまさら隠さないでくれ」
「俺は全部知ってるんだから」
「知ってるって・・・・・何を?」
レイはやはりわからないふりをする。
しらを切り通すレイに絶望さえ感じながら、俺は切り抜きを見た。
相も変わらず、インターネットが青少年に与える影響を論じるその記事。
その記事には、こんな小見出しが踊っていた。
「続・インターネットの闇――絶えぬ少年への誘惑 殺人教唆で逮捕者も」
殺人教唆。
殺人をそそのかすことへの罪。
少年へ、殺人をそそのかすことへの・・・・・・
俺はできるだけ感情を抑えて言った。
「もし俺が失敗して、警察に捕まったら。
俺がしゃべらなくても、パソコンの履歴からレイの名前が出る。
あの〈証拠〉だってある。
だから・・・・・・君は怖くなったんだ」
レイを責める言葉は、俺自身を切り裂くような気がした。
それはまだ俺がレイを信じている証拠だった。
信じたいと思ってる証拠だった。
けど、それはもう無理だった。
無理だと思った。
だって、そのレイが俺を信じてくれてないんだから。
しかし、レイは言った。
「そんなこと、考えたこともない」
「事実じゃない」
「嘘だ」
けど、俺も言い返した。
「俺のためとか、俺に必要だとか言って、
本当は全部嘘だったんだ。
レイは俺のことなんか、本当はこれっぽっちも考えてくれてなかったんだ!」
俺の目には、いつのまにか涙がにじんでいた。
その涙を、俺は拭った。
口に出すと、文字にすると、事実はいとも簡単にその形を変えた。
レイは、俺と何時間もチャットをしてくれた。
レイは、俺の罵倒に耐えてくれた。
レイは、この部屋から出る方法を教えてくれた。
レイは、目標を達成する方法を教えてくれた。
それが記録のできる、客観的な事実であったはずなのに、
それは全部吹き飛んで、あとに残ったのは「裏切り者のレイ」だけだった。
「裏切り者のレイ」は最低だった。
俺は自分で創り出したその幻影を見ていたくなくて、こう書き込んだ。
「やってみせる」
「もし、捕まっても、君の名前は出さない」
「約束する」
「だめ」
「お願い」
レイの言葉が間に挟まれたが、俺はそれを無視した。
「警察が来たら、このパソコンを壊す」
「だから、安心して」
「俺は一人で計画を思いついて、一人でやり遂げた」
「そう言うよ」
けど、それは許して欲しい。
あのとき、俺は精一杯だった。
自分を信じて理解してくれた人を突き放し、計画を実行する。
そんなのは、中学生じゃなくたって荷が重すぎる。
「計画は間違いよ」
「実行してしまったら、取り返しがつかない」
「あなたはもう自分の人生を生きることができる」
「それだけでいいじゃない」
レイの言葉が次々と画面に並んだが、
それはどれも俺の心に響くことはなかった。
俺は時計を見上げた。
ちょうどいい時間だった。
「行ってくる」
そう書き込み、俺は少し画面を見つめた。
いってらっしゃい、そう言ってくれるレイを期待したのだ。
けど、どうやら俺の願いは叶わないようだった。
「〈答え〉を探して」
代わりにレイはそう言った。
だから、俺は手早く作業服に着替えた。
手袋をして、カバンの中に千枚通しとナイフを忍ばせる。
そんなに俺を止めたいなら、ここに来れば良い。
不遜にも、そんなことを思いながら。
でも、それは俺のためじゃなくて、レイ自身の保身のためだ、そう思うと吐き気がした。
「消えろ」
出かけようとした俺は、やっぱりカタカタ音を立てるパソコンが気になって、
手早くそう書き込んだ。
「俺の邪魔をするな」
スクロールは、ぴたりと止んだ。
レイは黙った。
俺は部屋を出た。
裏切り者だ、そう思ってレイをシャットダウンしたつもりでも、
すぐに気持ちを切り替えられるわけがなかった。
人間は機械じゃない、当然だ。
けど、それでも俺は行かなきゃならなかった。
行って、Aを殺さなきゃならなかった。
〈なぜ?〉
〈あなたにはもうその必要はないのに〉
頭にレイの声がよぎった。
さっきまでの感情的なレイとは違う、
いつもの、冷静で無機質で、なんの感情も持たないような、
俺が見てきたレイだった。
冷淡な声を聞きながら、俺は窓から外に出た。
〈なぜなの?〉
暗い夜道を早足で歩いた。
〈なぜ、あなたは行くの?〉
公園の明かりを見た。
〈なぜ? ねえ、なぜなの?〉
そのまま公園には向かわずに、塾の通りに足を向けた。
そこがAの通う塾だった。
1階の駐輪場には、たくさんの自転車が止まっていて、
俺はそれを横目に、少しゆっくりと歩いた。
〈なぜ?〉
今日は水曜日で、Aはいないはずの日だった。
だから、俺は予行演習のつもりでカバンから千枚通しを取り出し、
パンクさせるふりをしようとした。
〈なぜなの?〉
努めて声を聞こうとせず、千枚通しの握りをつかむ。
適当なタイヤに刺すふりをする。
〈ねえ、なぜ――〉
と、その手が止まった。
けど、〈なぜ〉、そう問い続ける声に耳を傾けたわけじゃなかった。
俺の目は一点を凝視していた。
確かめるように、何度も瞬きをした。
けど、それは見間違いなんかじゃなかった。
そこに止まっていたのは、Aの自転車だった。
静けさの中に俺の鼓動が響き、汗がどっと噴き出した。
狙うべきAの自転車のタイヤだけが大きく見え、そのほかのものは小さく縮んだ。
あのタイヤをパンクさせるあのタイヤをパンクさせるあのタイヤをパンクさせる
あのタイヤをパンクあのタイヤをパンクさせあのタイヤをパンクさせる――
頭がそれだけに集中し、レイの声は聞こえなくなった。
俺は千枚通しの先を、Aのタイヤに刺した。
パンクしたか?
したのか??
俺はわからないまま、そこを通り過ぎた。
振り返ってみたかったが、そこは我慢した。
けど、結局堪えきれず、曲がり角で振り返った。
当然だが、パンクしたかどうかはよくわからなかった。
ちゃんとパンクしたか、確かめるか??
俺は迷った。
もう一回同じ通りを通ったら怪しまれるだろうか?
いや、誰にも見られなかったんだから、大丈夫か??
俺は散々迷った挙げ句、、、、、
結局もう一度、それを確かめに戻った。
通り過ぎざまに素早くタイヤを触ると、
ぐにゃりとした感触が伝わってきた。
やった!!!!
俺は心の中でガッツポーズをした。
計画の第一段階をクリアした俺はほっとした。
よし、これで次はAを・・・・・・
〈なぜ?〉
気が緩んだせいか、レイの声が頭に戻った。
勝利に水を差された気分になり、俺はいらっとした。
けど、頭の中の声が空気を読むことはなかった。
〈なぜ、あなたはAを殺さなければならないの?〉
もう、うるさいな。
俺は心の中でつぶやきながら、身を潜める予定のゴミ捨て場に向かった。
〈なぜ? 教えて〉
うるさいな。
そんなもん決まってるだろ。
〈わからない〉
〈どうして?〉
どうしてもこうしてもないだろ、だってさあ・・・・・・
〈どうして?〉
〈あなたはもう、その必要がないのに〉
必要はあるよ。
〈なぜ?〉
なぜって、だって・・・・・・
〈なぜ?〉
なぜって・・・・・・
ここでAを待ち、あとはこの包丁で・・・・・・
カバンを開けると、まだ箱に入ったままの新品の包丁が銀色に光った。
俺はそのプラスチックの包装を解くと、素手でその柄を握った。
白木の柄は思ったよりもしっくり手に馴染んで、
俺はこのまま、手袋をせずにAを刺そうと思った。
指紋だのなんだの、そんなことはもうどうでもいい。
そのほうがうまくいくような気がしたからだ。
Aが引いてくるだろう、自転車の音に耳を澄ませた。
その瞬間までは、三十分くらいだと思われた。
それまで身動きせずにいようと思った。
けど、背中をつけたコンクリの塀が冷たくて、
俺はすぐに身体を前に傾けた。
俺はAを待つ間、感慨深く考えた。
ここまで来るまで、大変だった。
部屋を出て、Aを見つけて、観察をして、計画を練って、筋トレまでして・・・・・・
こんなにちゃんと努力したのは初めてだ。
俺はため息に似た息をついた。
勉強だって、運動だって、俺は努力をしたことがなかった。
いや、そのときは努力したって思ってたけど、
いま思えば、あんなの全然努力じゃない。
中間テストの範囲を書き出し、復習の予定を立てる、
それだけで満足して何もやらない、結果、テストはぼろぼろ。
・・・・・・なんて当たり前だったしなあ。。。
学校のノートとは桁違いに、黒く埋まった記録ノートを、俺は思い浮かべた。
あれが努力だ。
間違いない、努力だ。
一つずつは小さくても、〈現実〉を変え、俺を変えてくれた。
俺は変わったんだ。変われたんだ。
〈おめでとう〉
さっきのレイの言葉が、やっと俺の心に染みこんだ。
〈あなたはもう、一人で立ち上がることができたのよ〉
〈おめでとう〉
俺はその祝福を素直に受け入れた。
ありがとう、全部レイのおかげだ。
レイがいなかったら、俺は何もできないままだった。
だから、ありがとう。
レイは少し優しい調子で言った。
〈あなたはもう大丈夫〉
〈そこから立って、歩き出して〉
〈あなたの〈答え〉を探して〉
〈幸せになって〉
そのとき白い光が差して、俺は本当にレイがここに現れたのかと思った。
天使のように微笑むレイが、綺麗な白い光をその身にまとって。
けど、それは違った。
向こうの角を、一台のバイクが曲がっていっただけだった。
「でも・・・・・・俺は、行けない」
バイクの音が遠ざかるのを聞きながら、俺は小さくつぶやいた。
本当に小さく、それは自分の耳にも聞こえないくらい微かな声だった。
「俺は、Aを殺さなきゃ」
〈どうしてなの?〉
レイもつぶやいた。
「どうしても」
俺は答えた。
「Aを殺さなきゃ、俺は前に進めないんだ」
〈あなたはもう大丈夫〉
〈Aなんかのために、手を汚す必要はない〉
「違う」
「大丈夫とか、そういう問題じゃないんだ」
俺は自分で自分を抱きしめるように、腕に力を入れた。
そのときには、もうどうして自分がこんなにもAを殺すことに固執しているのか、
その理由を理解していた。
「ここで逃げたら、俺はまた同じになる」
俺はつぶやいた。
「Aから逃げて、学校から逃げて、部屋にこもって、
いままでと何にも変わらなくなっちまうんだ」
それが、俺が計画通りにAを殺そうとしている、たった一つの理由だった。
続けてそうつぶやこうとしたときだった。
誰かが自転車を引く、カラカラという音が聞こえた。
同時に、急ぐでもない足音。
Aだ。
ゴミ捨て場の隙間から、俺はそっちの方向を覗き見た。
間違いなく、俺がパンクさせた自転車を引く人影が、こちらに向かっている。
ついに、来た。
早くも震え始めた手で、俺はカバンを探った。
手探りで、包丁を握る。
俺がそこに潜んでいることも知らず、
Aがゴミ捨て場に差しかかる。
そして、俺の前を通り過ぎた瞬間、
俺は後ろ手に包丁を隠して立ち上がり、Aの名を呼んだ――。
俺は彼の名を呼んだ。
・・・・・・その声に、Aは驚き、振り向くだろう。
その一瞬の隙を、俺は突く。
両手で包丁をしっかりと握りしめ、思い切りAめがけて突っ込む。
Aの体内深くまで切っ先が達するように、とにかく何も考えずに突進する。
それが、終わりのときだ。
俺と、Aの決着がつくときだ。
声は掠れて奇妙だったが、
それでも計画通りに彼を振り向かせるには十分だった。
Aは振り向いた。
俺は突進しようと構えた。
やっと終わる。
そう思った。
そのときだった。
振り向いたAが、驚いたような声を発して・・・・・・
・・・・・・その声を聞いた俺も、反射的にあとずさった。
怖くなったわけじゃない。
決意を固めてきたんだ。
土壇場でビビるなんて、そんなことするはずがない。
ただ・・・・・・予想外の出来事に、俺は背中で包丁を握ったまま、固まった。
驚いて思わず正面から見上げた顔も、
背が高く、髪こそ短いが、Aに似ても似つかぬ女の顔だった。
と、暗闇の俺を認めた女の顔が、変なものを見るようにしかめられた。
「あ・・・・・・」
俺はよろめくように後ずさった。
Aと俺との決着の場所、そこに第三者が現れたことに、
頭の中はパニックを起こしていた。
だれだ? これはだれだ?
いや、けど、これはAじゃない、Aじゃない女だ。
女? なんで女がこんなところに?
どうしてAの自転車を、俺がパンクさせた自転車を引いてるんだ・・・・・・????
強気な女の声が、俺をさらなるパニックへ導いた。
「Aの友達?」
女は言った。
こいつもAの知り合いか??
なら、計画を邪魔するこいつも殺して・・・・・・・
一瞬、俺はそう思った。
けど、そのときには、殺意なんてもうすっかり萎えて、欠片も残っていなかった。
「あ、いや、いえ、あ・・・・・・・」
俺はバカみたいに口をぱくぱく動かしながら、
言葉にならない声を漏らした。
自分が何をするべきなのか、俺にはもうわからなかった。
俺は、そこから逃げ出した。
俺は闇雲に夜の町を駆け抜けた。
なんで、なんでだ、なんでだ、なんでなんだ!!!!
声にならない声で叫び、垂れてきた鼻水を手の甲で拭った。
その拍子に、まだ俺の右手が包丁を握ってることに気づいたけれど、
そんなことも構わずに、俺は走った。とにかく走った。
鼻水垂らした俺の顔を、オレンジ色の街灯が容赦なく照らし出した。
もうこのまま死んでしまえ!!!!
俺は自分自身に向かって叫んだ。
お前みたいな何もできないクズは、クソみたいに死んじまえ!!!!
その右手の包丁を腹にぶっ刺して、頸動脈を切り裂いて、血まみれになって死んじまえ!!!
死ね、死ね、死ね、死ね、こんなクソ野郎は死んじまえ!!!!!!
これ以上は無理だと心臓が悲鳴を上げていて、
ひっきりなしに垂れてくる鼻水のせいでろくに呼吸もできなかった。
俺はその場に座り込んだ。
そして、やっぱり包丁を握ったまま、頭を抱えて泣いた。
漏れる嗚咽を押し殺して、泣いた。
バカみたいに泣きじゃくった。
こんなことしてたら誰かに・・・・もしかしたら警察に気づかれるかもしれない、そう思った。
でも、それならそれでいいと思った。
むしろ、誰かに気づいて欲しいとさえ思った。
俺はこんなに辛いんだってことを。
不幸で、可哀想で、憐れまれるべき俺が、ここにいるんだってことを。
そんな人間の出現を待っていた。
『本当にあなたは可哀想だ、こんなに不幸な人間はほかにはいない』
そう言って、俺の頭をなで、抱きしめてくれる人を、
その辛い境遇のせいで時に暴言を吐く俺を許し、暴れる俺をなだめ、甘やかし、
どんなときも傍にいて、俺を幸せにしてくれる人を。
俺は待った。
待ち続けた。
それでも俺は待っていた。
その待ち人が来なければ、俺は一生このまま座り込んでいるんだと思った。
だって、俺はもう動けない。
一人の力じゃ、立ち上がれない。
誰かが俺を助けてくれなきゃ、俺はここから動けないんだ。
どこからか誰かの足音がし、俺ははっと包丁を隠して立ち上がった。
犬を連れたじいさんが、
突然立ち上がった俺に驚いたように、びくっとした。
俺はできるだけ顔を伏せ、その場から足早に立ち去った。
馬鹿みたいだ、俺はそう思い、
同じ台詞をリアルに口でつぶやいた。
「・・・・・・馬鹿みたいだな、俺」
そこでは、じいさんの連れた犬が、俺の座ってた場所にションベンをかけていて、
俺はもう一度、「馬鹿みたいだ」とつぶやいた。
それから、どうしてだか忘れたが、俺も犬が欲しいと思ったことを思い出した。
でも、犬はウンコもションベンもするのか、俺はそう思って、
けど俺もするからな、と思った。
そして、三度目の「馬鹿みたいだな」」をつぶやいた。
歩きながら、どうして俺は歩いてるんだろうと思った。
鳥がさえずってるような平穏な朝を、
それに似合わない黒ずくめの作業服を着て、
カバンに包丁を隠し持ったまま、
どうして俺は歩いてるんだろう。
計画をやり通せなかったっていうのに、
Aはまだ生きてるっていうのに、
どうして。
地球ノ朝デス、目覚ましの音声を俺はつぶやいた。
俺が失ってしまった朝。
新しい一日の始まる時間。
朝日に思わず目を細めて、俺は気がついた。
・・・・・・Aを殺さなければ、俺の世界に朝は来ない。
俺はずっとそう信じ込んでいたんだってことを。
俺は立ち止まり、もう一度、土手を振り返った。
さっきまで俺は、あの土手に座り込んでいた。
助けてくれる誰かを、待ち望んでいた。
そうしないと立ち上がれないと思っていた。
でも、それは嘘だった。
誰の助けも必要とはせずに、歩き出した。
歩き出したら、朝が来た。
Aはまだ生きてるっていうのに、朝日は俺を照らし出した。
俺の思うことは、全部嘘だった。
それは全部、俺の思い込みだった。
昨日のレイの言葉が蘇った。
〈だから、大丈夫〉
〈あなたは〈答え〉を探す準備ができた〉
〈だから、あとは探すだけ〉
〈ねえ〉
〈あなたは、どう在りたいの?〉
自分の中に〈答え〉を探し、俺は思いを巡らせた。
どう在りたいのか。
どう生きていきたいのか。
どこの高校を受験したいとか、
どこの大学に行きたいとか、
就職するだとか、夢を追いかけるだとか、
そういうことじゃない、俺の生き方。
ない知識を振り絞った。
けど、〈答え〉なんて見つからなかった。
どうやったら見つかるのかさえわからなかった。
俺は安易に考えた。
家に帰って、レイに謝ろう。
そして、どうしたらいいか教えてもらおう。
一緒に考えてもらおう。
時計を見ると、時間はちょうど六時だった。
けど、リビングに親は見当たらない。
まだ起きてないのかな、俺は思って、窓を開け、中に忍び込んだ。
「きゃっ!」
すると、ちょうどトイレから出てきた母親と鉢合わせた。
「・・・・・・って、あんた、何して・・・・・・何その格好・・・・・・」
「・・・・・・おはよう」
俺はとっさに小さく言うと、幽霊を見たみたいに青ざめた母親の横を通り抜けた。
脱兎のごとく、自分の部屋に駆け込む。
そうして、ほっと胸をなで下ろしてから、
何だかおかしくて少し笑った。
だって、泥棒みたいに朝帰りする俺と、
それ見て、年甲斐もなく「きゃっ」と悲鳴を上げる母親だぞ。
いま思い出しても、ふふってなる。。。
俺はそれだけのことで、かなりの時間、笑ってた。
なんかツボに入ったって言うか。
とにかく、俺は声を押し殺しながらもひとしきり笑って、
・・・・・・それから、パソコンに向かった。
レイはまだいるだろうか。
いや、いなくても謝っておきたい。
そう思った。
けど、次の瞬間、画面を見た俺は、目を疑った。
・・・・・・といっても、ログが消滅したわけじゃない。
そこにはたくさんの言葉が並んでいた。
ただ、それは全部、見覚えのないものだった。
その一番最後に書かれた文字だった。
そこには、いつもの無表情キャラアイコンのついたレイの言葉で、こう書かれていた。
たった一言、
「さよなら」
と。
画面の一番下、最後に並んだその四文字を、俺は呆然と見つめた。
さよなら。
どうしてレイがそんな結論に達したのか、
なぜそんなことを言うのか、
それも俺がレイの言葉をやっと理解した、その日にどうして・・・・・・
俺がこの先どうしたら良いのか、
どうやって〈答え〉を見つけるべきなのか、
そしてどうやってそれを実現させたら良いのか。
レイ自身のことなんか、一言も書かれていなかった。
俺はいま、それが知りたいんだっていうのに。
けど、俺がレイを裏切り者だと叫んだことには、そんな返事がされていた。
「なんの証明もできないけれど、できたら信じて欲しい」
と。
「あなやはそのことに、自信を持っていい」
「誇りに思っていい」
文中で、レイは何度もそう言った。
そして、釘を刺した。
「あなたの成し遂げたことは、決してあなたの中から消えることはない」
「例え、無責任な誰かが、それを馬鹿にしても」
「努力する人間を笑うのは、何も成し遂げたことのない人間」
「自分の意志で、自分を変えたことがない人間」
「その人たちの声は大きいけれど」
「決してその声を聞かないで」
「覚えてる?」
「それは、道ばたに落ちてるイガ栗よ」
「あなたはそれを拾わないという選択ができる」
「〈現実〉を見て」
「外へ出て」
「あなたはあなた。それ以上も以下もない」
「そして、他人も他人。それ以上も以下もない」
「当たり前のことを、当たり前に受け止めて」
「おはよう、には、おはよう、で返す」
「それだけのことを」
「間違えたと思ったら、正して」
「正しいと思ったら、それでいい」
「相手と意見が違っても、悲しまないで」
「他人は自分じゃないのよ」
「違うのが当たり前、それだけのこと」
「けど、あなたが当たり前に生きていても、理不尽な扱いを受けることがある」
「それがあなたにとってのA」
「学校でのいじめ」
「でも、それは交通事故のようなものだと考えてみて」
「あなたが正しく運転していても、ぶつかってくる車はある」
「あおってくる車もある」
「けど、みんながみんなそうじゃない」
「事故は目立つ」
「だから、みんなひどい運転をしていると思ってしまう」
「だけど、ほとんどの人間は正しく車を運転している」
「あなたが信じなければならないのは、その正しい運転をしている人たち」
「さっきも言ったように、あなたを傷つける人の声は大きい」
「あなたに賛同する人の声は聞こえないか、聞こえても微か」
「信じようとしなければ、すぐに大声にかき消されてしまう」
「だから」
レイは俺を信じている。いや、信じる努力をいつでもしているんだ・・・・・・
・・・・・・・・俺は目を閉じ、いまにも消えそうに微かなレイの言葉に耳を傾けた。
「だから、少しずつでいい」
「当たり前に懸命に生きている人を信じて」
「私を、信じて」
そして、レイはそう結んだ。
俺は一人、画面の前に取り残された。
俺は微かな音にふと顔を上げた。
階段を上がる足音。
かちゃかちゃと食器の鳴る音。
親だ。
俺の飯を運んできたんだろうか。
俺はゆっくりと後ろを振り返った。
ドアの隙間に影ができた。
俺はさっき鉢合わせた母親の、驚いた表情を思い出した。
けど、今度は笑う気にはなれなかった。
〈おはよう、には、おはよう、で返す〉
〈そんな当たり前のことをして〉
レイの言葉が胸を満たしていた。
俺は椅子から立ち上がった。
そして、じっとドアを見た。
レイの言う当たり前ってのは、そういうことだとぼんやり思った。
そして、俺はそう言うことができる。
そう思った。
何か気配を感じているのか、ドアの前の親も、
そこからなかなか立ち去らなかった。
俺はふとそう思った。
手に食事の載ったお盆を持って、どうしようかって。
俺に声をかけようか、ドアをノックしてみようかって、
そう考えてるんじゃないかって。
いや、それは長く感じられただけで、
本当は1分とか、そんなもんだったのかもしれない。
けど、結局、親はいつものようにお盆を廊下に置いて立ち去って、
俺は一言も発しないまま、突っ立ってた。
当たり前のことって難しいな。
俺はのろのろと椅子に座った。
とうとう睡魔に勝てなくなり、机に突っ伏しても、
頭の中ではレイの声が淡々と流れていた。
自信を持って。
当たり前のことをして。
〈答え〉を見つけて。
それは冷淡だけど、優しい子守歌みたいな声だった。
けど、俺は夢を見ずに眠った。
どうやら途中で机から移動したらしいが、それも覚えていない。
目が覚めると、俺はベッドの上にいた。
俺は誰だっけ。
何をしていたんだっけ。
どうしてここにいるんだっけ。
けど、それはすぐに思い出せた。
思い出すと、ほんの少しの期待を込めて、パソコンの画面を見た。
〈さよなら〉
レイの言葉はやっぱりそこで止まっていた。
俺はなぜかわかっていた。
辛いだろうか。
自分に聞いた。
そんなの辛いに決まってる。
自分で答えた。
やっぱ辛いよな。
自分でつぶやいた。
でも、それって当たり前だろ。
そう思った。
だって、レイは俺を助けてくれた、大事な人だ。
その人がいなくなったんだ。
そんなの、辛いのが当たり前だ。
俺は顔を伏せて、少し泣いた。
それから、レイの〈証拠〉を取り出して、
それを見てもう少しだけ泣いた。
心臓が直接傷つけられたように胸が痛かった。
もう二度と立ち直れないような、そんな気がしたが、
それはいまだけだって知っていた。
俺はきっと再び立ち上がって、・・・・・・どうするだろう。
〈答え〉を探すことができるだろうか。
そうできるなら、それが一番いい。
レイが戻ってくるかも、
希望を抱いて、画面を見つめる生活が続いた。
せっかく始めた筋トレも、やめてしまったから、
体力はみるみる落ちた。
それでも、何もする気にはなれなかった。
けど、いつまで経ってもレイが戻ってくることはなかった。
俺がやっと立ち上がったのは、それから数ヶ月後、中学三年の秋のことだった。
最初の難問が俺に降りかかったからなんだが・・・・・・。
さて、それから俺がどうしたのか。
ここからはいまの俺の話になる。
そして、どうして俺がこんな話を書き込んでいるのか、その理由だ。
俺が少し変な時間に書き込むから、気づいている人はいると思うけど、
俺はいま、海外で暮らしている。
そこで、ある目標に向かって努力を続けている。
三年間。
それが俺がこの目標にかけている年数で、客観的な数字だ。
俺はレイの残してくれた言葉を信じ、〈答え〉を見つけることができたんだ。
・・・・・それは別にカッコイイ〈答え〉!!ってほどのもんじゃないから、
こうやって人に言うのは恥ずかしいような気もするんだけど、ちゃんと言おうと思う。
俺はどう在りたいのか。
人生をどう生きていきたいのか。
それは、、、「できるだけ楽で、穏やかな状態で生きたい」。
え、そんなのが〈答え〉?って思われるかもしれない。
もうちょっと、熟語かなんかでまとめろよ!って言われるかもしれない。
けど、いいんだ。それは俺の〈答え〉だから。
つまり、高校へも行かないで、就職もしないで、
ただの16才でいることを。
学校からは散々電話が来たし、親も遠回しに「どうするの?」的なことを言ってきたけど、
俺はそうすることしかできなかった。
高校へ行くのは怖かったし、就職なんてもっと怖かった。
最低だな、自分と思った。
それは、そのまま引きこもりでいることだ。
部屋の中で最悪なことをぐるぐる考えて、
自分でもどうしたら良いかわからなくなるあの状態に戻るのだけは嫌だった。
あれも嫌だ、これも嫌だ。
俺は頭を抱えた。
で、そのとき思った。
じゃ、俺は何をしたいんだ?
ってか、いまもこれだけは苦手だ。
当時の外出することや、他人に会うこと、
そういうことまで全部ひっくるめた「大変さ度」を100%とすると、
〈イガ栗拾い〉の割合がその90%を占めるんじゃないかってくらい。
だって、相変わらず親は遠回しだったし、
ネットとか見ても、絶対書いてあるじゃん?
「ニートが」とか「引きこもりが」とか、「自分探しwww」とか。
〈その声を無視すること〉
レイはそう言ったけど、ほんっと豆腐メンタルな俺にはきつかった。
だって、言われたらそうかなって思っちゃうだろ・・・・・・ブロークンハートだろ・・・・
ちなみにさっきも傷ついたということを、あなたに伝えておく。>>577
それがどんな夢物語でもいいなら、、、、、
好きな漫画を好きなだけ読みたい。
可愛い彼女が欲しい。
どこか遠いところに行ってみたい。
でも、人に会うのは好きじゃないから、誰もいないところがいい。
でも、そんなことできないだろ、すぐにそう思った。
けど、できたらいいな、と思った。
〈考えるより、行動〉
反射的にレイの言葉が思い出された。
俺はパソコンに「人間のいないところ」と打ち込んだ。
「人間のいないところは、人間が住めない場所です」
ごくごく当たり前の答えが結果に出た。
人間は人間なしじゃ生きていけない。
精神的な意味じゃなくて、物資的な意味でも。
まあ、そういう意味じゃ、山でサバイバル生活ってのはあるな。
そう考えたが、俺がしたいのはサバイバルじゃなかった。
夢を広げていた俺は、ふと気がついた。
お金の問題だ。
ここじゃあないどっかに行きたい・・・・・・ということは、親から独立するってことだ。
それには収入が、仕事が必要だ。
これも当たり前だったな、俺は唸った。
俺はそんな当たり前のことを今さらながらに気づいた。
そして、もっと当たり前なことに、
そうやって順を追って考えれば、
レイの言っていた〈答え〉を見つけるのは、案外簡単だった。
俺は記録をつけ、試行錯誤を繰り返し、必要なら外出して、〈答え〉を探した。
そんなことは初めてだっていうのに、なぜだか俺は簡単に事を進めることができた。
自分の行動に、既視感さえ感じた。
・・・・・そうして、さらにさらに当たり前なことに気がついた。
これは、Aを殺す手順と同じなんだ。
俺は誰かを殺そうとしているわけじゃないけど、
計画を立てて、準備して、実行する、
その目標に向かう手順は、何も殺人じゃなくても同じなんだ。
何だか変な感覚に、俺は少し混乱した。
それから、レイはわかってたのかなとも思った。
どんな計画であれ、それが俺の「努力」という経験になることを、
本当の〈答え〉を見つけたときに、それはきっと役に立つということを。
つまり、行動すること。
記録のできる努力を重ねること。
それから・・・・・・これは一番難しいことだったが、
〈イガ栗を拾わないこと〉。
勢いづいた俺はなぜかバイトを始めた!
・・・・・・けど、一瞬で撃沈した。
敗因は、焼き肉屋に行ったこともないのに焼き肉屋のバイトを始めたことだと言っておく。
・・・・・・というのは、冗談としても(いやほんとだけど)、
俺はバイト仲間ってのになじめなかったんだ。
別に、いじめられたとかじゃなく、いい人たちだったんだけど、
なんか、その仲間感というか、グループ感が好きじゃなかったんだ。
けど、〈イガ栗〉には別の効能もあった。
それはなにかというと、イガ栗を拾うより、
〈現実〉に外出して、他人に会うことのほうが全然楽だって感じ始めたことだ。
だって、ネットとか俺の頭の世界では、すぐにみんな「死ね!」とか言ってくるけど、
現実じゃ、そんなやついないだろ?
いたら、まじで無視できるヤバいやつだし。
他人と会って話すことが楽。
これは偉大な発見だった。
けど、仲間っぽくなるのは、かなり苦手。
そうか。
俺は俺のことが少しずつわかってきたような気がした。
同時に、なんで俺に友達と呼べる人がいなかったのか、わかった気がした。
そもそも、俺は別に友達を求めてないんだ。
・・・・・彼女はむっちゃ欲しかったけど。
焼き肉屋バイトをやめた俺は、どこなら仲間感なく働けるか、考えた。
実際に、オフィス街を歩いたり、店を覗いたりして、
誰がどんな風に働いているのか、観察した。
けど、夜、立ち飲み屋で上司?に一気させられてる若いサラリーマンを見て、
あーもー絶対俺には無理だ、と思った。
じゃあ、どうしたいのか?
また考えた。
仕事が終わったら、俺はどうしたいか?
・・・・・・家族がいたら、家族の元に帰りたいし、
一人でも、自由な時間を過ごしたい。
だって、仕事は終わったんだから。
「日本人」。
そんな単語が頭をよぎった。
ハードワーク、ワーキングプア、サービス残業・・・・・・
続けて、そんな単語も列をなしてよぎっていった。
それに、俺が毎日観察した仕事場風景が重なった。
ってより、俺にはできないことをしてるんだから、素直にすごいと思ってる。
けど、俺はもっと自分の時間が欲しいと思った。
就職して、30年、40年先の未来を固定してしまうなんて、できないと思った。
じゃ、どうするのか。
・・・・・・そうして何度も繰り返し、選び続けた結果が、いまの俺だ。
第一に、ここの人たちの特性かもしれないが、
彼らの辞書に遠回しなんて言葉は存在しない。
言いたいことがあればはっきり言うし、
それで傷つくこともあるけど、
腹の中で何考えてるかなんて気を回さなくて済む。
それに、規則はきっちり守るから、
残業なんてこともしない。
それは俺がいましてるバイトも同じだ。
だから、何をしてもいいってわけじゃないが、
彼らにとって意外なことでも、どうせ「外人」だからねで済まされる。
・・・・・いや、違うな。それは違う。
たぶん、
「俺のことをみんなどうでもいいと思ってる」。
俺がそう思えるってことが、すごく重要なんだと思う。
日本にいると、俺はどうしても〈自意識過剰〉になってしまう。
けど、海外ってだけで、不思議なことにそれが消えてなくなるんだ。
いい意味で、彼らは俺なんか気にしてないって思えるんだ。
・・・・・・いい意味で気にしてないって表現も、変かもしれないけど。
それを達成するための計画を立て、
行動を起こして、その記録をつけてきた。
それは全部、レイが教えてくれたことで、
そのおかげで俺はここまでやってこれた。
まあ、まさか海外にまで来るとは思ってなかったけど、
それはそれで、そんな人生も楽しいんじゃないかって思えてる。
・・・・・って、そんなことを言うと、
「お前は逃げてるだけだ」ってイガ栗を投げてくる人もいるけど(俺の父親とか)
努めて気にしないようにしている。
だって、俺は「逃げて」はいない。
「進んで」いる。
なぜなら、「逃げてる」と「進んでる」の違い、
それは、「目標」のあるなしだと思うから。
それを叶えるため、行動も起こしている。
いままでもそうだったように、
きっと俺がその「目標」にたどりついたとき、
それはいつのまにか「通過点」になって、
そこには新たな「目標」が生まれているんだろう。
俺はそう信じることができる。
すぐにイガ栗に揺らぐ、ちょっと情けない自信だけど、
攻撃的な言葉に耳を塞いで確かめれば、ちゃんとわかる。
俺はちゃんと自分の足で歩ける。
もう、その歩き方を忘れることはない。
「数年前、自殺しようとしてた俺が未だに生きてる話」。
保守をしてくれた人、ありがとう。
長い話に付き合ってくれた人、ありがとう。
けど、もうちょっとだけ付き合って欲しい。
できたら今日、終わらせようと思ったがちょっと無理そうだから。
なぜ、俺がこんなにつらつらと書き続けてきたのか。
どうしてここまで続けられたのか。
それをどうしても伝えたい。
最後までちゃんと書きたい。
明日で多分最後です。
釣りだと言ったとしてもそれは嘘かもしれないしね
・・・・・・このお礼の言葉を、、俺はたぶんこのスレの半分くらいから言い始めたと思う。
ありがとう。
俺は本当にそう思ってる。
出かけて、帰ってきて、ほしゅ、そう書いてくれる人がいて、
俺は本当に嬉しかった。よかったあ、そう思った。
そりゃ、見えない人の見えない気持ちだから、
別にすげえ俺を応援してくれてるわけじゃないかもしれない。
けど、少なくとも先を読みたがってくれてる人が、
その意思を表示してくれてる。
それがすごく嬉しかった。
何度目かのスレ立てだったら、
ありがとう、とは思っても、こんなにどきどきするありがとうじゃなかったと思う。
それから、俺はスレ前半に話しかけてくれた人たちに対して、
ありがとう、と思ってなかったわけじゃないってことを書いておく。
一生ROMれって言われるかもだけど、
ちょっと反応の仕方がよくわからなかったんだ。
・・・・・ほしゅ、が何なのかも。
で、調べて知った。
その人たちもありがとう。
そこまでじゃないよって言われるかもしれないけど、
俺がもし誰かにレスをして反応なかったら悲しかったかもしれないから、
なんかごめん。いるかわかんないけど。
まあ、最初は日本に帰ろうかなとも思ったんだけど、
実はあのあと、俺はめでたくも花粉症を発症してな。
三月には帰りたくないんだ・・・・・・。
で、まあ前も言ったように、誰か誘って遊びたいと思う俺でもない。
(彼女のことには触れないで!)
じゃ、何をしようか・・・・・??
俺は考えた。
何かやるなら、普段じゃできないことがいい。
ゲーム三昧なら普段の休日と変わらないし、
自転車旅行も前の休日にしたばかりだ。
じゃ、何をする?
そのとき、日本のニュースを見た。
今まで読んでて楽しかったです
少年がいじめで自殺。
そんな暗いニュースだった。
普段は日本のニュースなんてわざわざ見ないんだ。
けど、たまに見たのが、これだった。
やっぱ、自分もそこまで悩んだからだろう。
まあ、あと休みだっていう気の緩みかな。
なんかわからんが涙が出てきて、
事情も何にも知らない誰かの死に、ものすごく悲しくなった。
何でこの子は死んじゃったんだろう。
なぜやめられなかったんだろう。
どうして、誰も彼を引き止めなかったんだろう。
あの世界から出ることができなかったから。
外にはもっと広くて自由な世界があるって、知らなかったから。
俺にはその気持ちがよくわかる。
だって、考えてもみてくれ。
たった一人が、世界中からの攻撃を受けたんだ。
死んで当然だ。自分で死を選んで当然なんだ。
誰かが無理矢理引き上げてやらなきゃ、
そのまま溺れて死んじまうんだ。
でも、そうできた人間はいなかった。
そりゃ誰かはいたのかもしれない。
その誰かを責めたりはできないけど、
でも、彼が死んだという結果は変わらない。
俺は泣いた。
俺の中で、その死んだ少年は俺に見えた。
誰も救ってくれなかった、救われる価値さえないと思ってた、あのころの俺に。
そりゃ楽しいことばっかじゃないけど、
辛いこともあるけど、
それが人生だよなって思って、毎日生きている。
なぜだ?
どうして俺はあの少年のようにならなかった?
俺は泣きながら思った。
・・・・・・もちろん、答えは分かり切ってる。
レイだ。
あのときの俺には、レイがいた。
レイの〈証拠〉。
レイが俺にくれた、唯一の手に触れられるもの。
そして、いまの俺なら、その紙切れの持つ意味がよくわかる。
レイがあの公園に来た証拠であることなんかよりも大きい、
この紙切れの持つ意味が。
レイの正体もわからずじまいだった。
それが太ったオッサンなのか、
それともがりがりのおばあさんなのか、
それとも・・・・やっぱり俺の想像通りの超絶美少女なのか。
想像なんだ。
そう思うことくらい、自由だろ??・・・・・
それは、レイが俺のために自分の時間を費やし、行動してくれたってことだ。
○○公園。
あそこまで、実際わざわざ来てくれたんだってことだ。
想像してくれ。それってすごいことだと思わないか?
もし、俺の県にレイが住んでたって偶然があったとしても、だ。
誰ともわからない引きこもりの俺を外に出すためだけに、公園に出かけるか?
わざわざ〈証拠〉を残すか?
俺にはできない。
素直に考えれば、できないって人の方が多いと思う。
これは、いわばレイの〈努力の可視化〉なんだ。
レイが俺のためにした努力の証なんだ。
それは、俺がとっておいたこのチャットログも同じだ。
もちろん、ここにそのまま載せたわけじゃない。
ってか、全部は載せられないほどの分量だ。
どうか自分に置き換えて考えてみて欲しい。
あなたはこんなことができるだろうか。
まったくの他人である俺を見捨てずに、導く。
そんなことができるだろうか。
このスレでもときどき言われたことだ。
フィクションだから、
小説だから、
創作なんだから、
そんなの、できないに決まってるだろww
レイなんていないんだからw
まあ、最後の草はちょっと意地悪すぎるかもしれない。
けど、そう思ってる人もいる。
それは事実だ。
レイは俺に外の世界を見せてくれて、
歩き方を教えてくれた。
〈あなたには生きる価値がある〉
どうしようもない俺にそう言ってくれた。
その言葉は、いつも俺の支えになっている。
証拠を出せって言われることだって容易に想像がつく。
けど、俺はそれを無視する。
信じない人は信じない。それでいい。
そういう人は、俺がどんな証拠を出しても、「信じない」理由を見つけようとする。
それに付き合うつもりはないし、
何より、俺は「信じない」というあなたを変えることができない。
あなたを変えられるのは、あなた自身だけだから。
本人か?
長い、簡潔に、そういう意見もあったけど、
残念ながら、それもできない。
俺がこの話を伝えることができるのは、
当たり前だが、俺の話を読んでくれた人だけだ。
俺は、俺の声に耳を傾けてくれる人たちに向けてこれを書いている。
これを読んでくれているあなたを信じて、
俺はこの文章を打ち込んでいる。
そして、大事なもう一人・・・・・何も声を出さずにこれを読んでいるあなただ。
・・・・・・あのころの、中学生だった俺だ。
立ち直れてるなら良かったけどいちいち傷つくなよ
もうちょっとうまく受け流せ
と思った
大分強くなったと思うけど。
いちいち傷つくな、ってそうだよな。ありがとう。
あなたはこれを読んでも、何も言わないだろう。
けど、ただ必死に先を探して、更新ボタンを連打して、
更新されてない画面を見て、空虚になって、
それでもできることがないから、ずっとボタンをクリックし続けてるだろう。
辛いだろう。
苦しいだろう。
もう何もかもが嫌で、自殺を選べる人がかっこよく思えて、
俺も早くあそこに行きたいって、
覚悟ができる日を待ちわびて、
でも決心がつかなくて、
お前はクソだ、馬鹿だ、そう自分で自分を罵って、
生きる価値がないって蔑んで、
これ以上ないくらいひとりぼっちでいるんだろう。
そんなあなたが、俺が打ち込むこの画面の向こうにいることを俺は知ってる。
ちゃんと知ってる。
声を上げなくても、何も言わなくても、知ってる。
あなたがいることを俺は信じてる。
信じて、これを書いている。
そう、あなただ。
あなたのことだ。
そして、これが俺が初めてスレを立て、毎日書き込んできた唯一の理由だ。
たぶん、慣れても、得意にはならないだろう。
だから、レイのようにチャットすることはできない。
俺が先に潰れるだけな気がするから。
だけど、こういうことならできる。
2chに書き込んで、あなたに伝えることならできる。
ただで信じて欲しいとは言わない。
俺がこのスレに費やした文字数や時間が、その証だ。
18日間、俺が体験したことを書き続ける。
ちゃんと人に読める文章で、できるだけ事実が伝わるように。
これが、レイじゃない俺にできることだ。
俺があなたに示せる、努力の証だ。
自分に置き換えてみてほしい。
結果的に長くなっただけだが、この長さの文章を書くということだけでも、
あなたにできるだろうか?
ただ、目的もなく書きたいからって2chに書けるような量だろうか。
まあ、それでもできるとか言い出す人はいるんだろうから、
これ以上は言わない。
そういう人にも、少しだけ振り向いて欲しいと思っただけだ。
変えられたとして、それが俺の思う正しい方向かどうかもわからない。
けど、あなたは毎日少しずつでも、こんなに長い文章を読んだんだ。
それはあなたの中に積み重なっているだろう。
そして、あなたにこれまでとは別の、違う方向の景色を見せるだろう。
だから、レイの代わりに、今度は俺が言う。
あなたには生きる価値がある。
いまのあなたには信じられないかもしれないけど、それは当たり前のことなんだ。
彼女は一体誰だったのか、そう考えることもある。
俺のためにどうしてあそこまでしてくれたのか、わからなくなるときもある。
けど、わからなくて当たり前だ。
レイは俺じゃない。
他人の考えなんて、想像することしかできないんだ。
「あなたはどうして自殺したいの?」
レイがそういったことがあったよな。
初めの頃じゃない、大分あとだ。
どうしたんだろう、俺はそう思って、
レイがバグったんじゃないかなんて、馬鹿なことを考えた。
でも、いまならこう思うんだ。
・・・・・・そうは考えられないだろうか。
そういえば、そもそも俺のチャットは自殺志願の人用のものだった。
だから、レイはそこに常駐して、自殺する人を引き止めていた・・・・??
そんなことを思ったりする。
俺がAを殺そうとしたときだ。
あのとき、Aの自転車を引いていた女性、あれは・・・・・?
あのときの俺は、あれがAの姉だと思った。
だって、そもそもAはあの日、塾にいないはずだったんだし、
だから、Aの自転車を借りたAの姉に鉢合わせしたんだって。
けど、もしかして、もしかしたら、、、、、
あれはレイだったんじゃないか??
そう思うときがある。
いや、馬鹿な考えだってのはわかってる。
あり得ないことだって知ってる。
だけど、もしかしたら、レイは俺の計画を止めるため・・・・・
レイは近くの公園まで現れてるんだし・・・・・・
まあそれなら自転車の鍵はどうしたんだ、とか、移動時間とか、
いろいろ問題があるのはわかってる。
けど、そう考えでもしないと、レイがあの日以来、俺の前から消えてしまった理由がつかないような、
そんな気持ちになるんだ。
自分の場合、死にたいって思ってるだけでもう10年以上生きてるからね
死ぬのなんていつでもできるって開き直って生きてる
レイは母親ってオチかと思ったわw
コメントありがとう。
レイが母親ってのは、、、、ないと思う。
あの遠回しな人が、そんな積極的に行動するとは思えない・・・・
まあ、けど正体はわからないわけだから、
可能性だけで言ったら、どんな可能性だってあるわけだけど。
もう一度言っておく。読んでくれて、ありがとう。
ここまで来ると、びっぷとか怖い人たち怖いってためらったことも、
こんなスレすぐ荒らしに落とされて終わりだ!って妄想したのも、
ドッキドキでいざスレ立て!と思ったら海外エラーが出たのも、
そのあと浪人にたどりついて、金払ったのにログインできない!と真っ青になったのも、
浪人騒動で半分戦意喪失しながらも、震えながら書き込んでたことも、
あげとかさげとか何やねん!ほしゅ何やねん!だったことも、
レスは1000あるから、どんなに長くなっても大丈夫!ってわけわからんこと思ったのも、
まあ、いい経験だった。
それは「死ね!」乱立の嫌な面もあるけど、
恥ずかしがらずに本音を伝えられるいい面もあると思う。
なんか、文章だと大げさになってしまったが、
俺は別に普段からこんな感じとかじゃない。
けど、他人の目も気にならないここでは、
真っ直ぐに真っ直ぐに、伝えることができたと思う。
俺がこの話を伝えたい、あなたへ。
自分を変えるのは難しくない。
本当はとても簡単だ。
でも、そうすると自分が自分じゃなくなるような、そんな気がするんだと思う。
けど、そんなの嘘だ。
俺はあなたのためにそう言い切る。
俺が穏やかに生きたいと願ったように、あなたもそれくらいのことでいい。
それも最初は「一生~する」とか考えなくていい。
したことのないことをしてみよう。
自分の世界から頭をほんの少しだけ出してみよう。
行動してみよう。
そこにはあなたが考えてるより広い世界がある。
それが現実だ。
当たり前の世界だ。
そこで当たり前のことをして、当たり前に幸せになろう。
あなたにはその権利がある。
あなたの命にはその価値がある。
画面の向こうからだけど、この世界に実在してる一人の人間として、俺はそう信じてる。
俺の話はここで終わりだ。
このスレにはもう現れないから、この先のレスはできない。
ここで本当にお終いにする。
では、もう一度、ありがとう。
何て締めたらいいかわからないから、レイと同じ言葉でお別れをする。
それじゃ。
さよなら。
またいつか いちの他の話(海外での話とか)も読んでみたい
- 1001:以下、名無しにかわりましてZチャンネル@VIPがお送りします: ID:zetch@vip
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